"いつ何が起こるかわからない、起こったことは変えられない――ヒトも世界も初期設定を変えられない、にもかかわらずそれが「耐えられない」なら、そこから眼をそむけないという以外に、どんな選択肢があり得るだろう。"

「国際霊柩送還士」、木村利惠氏のお話から - Freezing Point

(via iOS Support Matrix)

いつまでも眺めてしまう

"昆虫 昔はもっと羽があった"

昆虫 昔はもっと羽があった NHKニュース

"金属音が大好きなんですよ。人間の歴史のなかで、金属音ていうのは革命的だったわけじゃないですか。錬金術から学んで金属を抽出することを覚えて、金属のベルとか楽器を作って、それを鳴らした時に、今までにあり得なかったくらい倍音が出て、『なんだこの音!?』っていんなおののいたわけじゃないですか。そこから、宗教はいろんな金属音を使うっていうのがお決まりで、仏教の鐘も、仏壇の前にあるチーンってやつも全部金属音で、東南アジアの宗教もガランガランっていう金属音で、宗教は絶対金属音なんですよ。それはなんでかっていったら、自然にない音だから、生き物としてそれを感じるんでしょうね、人間が。"

— ROCKIN’ ON JAPAN MAY 2008 宇多田ヒカル インタビュー (via mitsuba)

(via iimio)

"都市鉱山はすでに成立している"

金や白金、レアメタルなど。都市鉱山の現状は? | キャリア | マイナビニュース

(Source: table)

ekualist:


my niece
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 東日本大震災のとき、私は職場である5階の研究室から逃げ遅れてしまいました。なぜかというと簡単で、エレベーターが止まってしまったからです。そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。エレベーターが止まっても、他の人は階段やはしごで逃げられます。5階から逃げるという行為に対して三つも依存先があります。ところが私にはエレベーターしかなかった。

 これが障害の本質だと思うんです。つまり、“障害者”というのは、「依存先が限られてしまっている人たち」のこと。健常者は何にも頼らずに自立していて、障害者はいろいろなものに頼らないと生きていけない人だと勘違いされている。けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない。依存先を増やして、一つひとつへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。世の中のほとんどのものが健常者向けにデザインされていて、その便利さに依存していることを忘れているわけです。

 実は膨大なものに依存しているのに、「私は何にも依存していない」と感じられる状態こそが、“自立”といわれる状態なのだろうと思います。だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。障害者の多くは親か施設しか頼るものがなく、依存先が集中している状態です。だから、障害者の自立生活運動は「依存先を親や施設以外に広げる運動」だと言い換えることができると思います。今にして思えば、私の一人暮らし体験は、親からの自立ではなくて、親以外に依存先を開拓するためでしたね。

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自立は、依存先を増やすこと 希望は、絶望を分かち合うこと (via yuco)

(via dotnuke)

good dezair (by Syunya HAGIWARA)

(via Creative Commands Compilation Data)
"郵便局の赤いバイクが近づき、郵便屋さんが幾重にも立ち並んだ警備員の前に現れた。長居公園のテント村にはポストがあったのである。"

配達の諸相 : ホームレス文化

よっ!郵便屋!